四諦八正道とは?現代社会にも繋がる、仏教における苦とその解決方法

こんにちは、突然ですが何かつらいことはありませんか?

現代社会はストレスフルだと言われます。会社、学校、仕事にお金の問題、人間関係他色々。。。

昔に比べて全体の暮らしは豊かになったらしいですけど、若い人なんかは生まれたときからこんな感じの社会なんで、あんまり実感ないですね。

その社会の中でまた格差があったり、結局人間関係みたいな普遍的な問題があったり、また新しい問題が生まれたりして実はストレスの総量は昔から大して変わってないんじゃないかとすら思ってしまいます。

それはそうとして、仏教が始まる紀元前からもう世の中は苦であるという考え方がすでにありますので、昔も今と変わらずストレスフルだったと考えられます。

仏教はそれを教えのうちにとりこんで、それをどうしていくかというところまで提示しているので、今回はそれを詳しく見てみようと思います。

 

四諦八正道とは

四諦八正道というのは聞き慣れない言葉だと思います。

これは仏陀が説いた初期仏教からある教えで、四諦というのが「4つの真理」、八正道というのが「8つの実践」です。

つまり、世の中には4つの真理、四諦があって、それに大して我々がすべきことを示したのが八正道というわけです。

それぞれ見ていきましょう。

四諦とは

諦=真理

「諦」という字は諦めるという字ですから、

「夢を諦める」とか「締切に間に合わないから諦めた」とか、今日では割とネガティブなイメージがつきものです。

しかし、四諦は4つの真理ということですから、ここでは「真理」という意味で用いられています。

これはどういうことでしょうか。

今でも使われる、「諦観」という言葉があります。

これは元々仏教用語なのですが、意味は「本質を明らかに見て取ること」となっています。

つまり、諦という字にはそもそも本質を明らかにする=真理という意味合いが含まれていることが分かります。

そもそも諦めるということをよく考えてみると、これは諦めるに値する状況だと観察し判断したから諦めるわけです。

つまり、諦めるにはもう自分の力では不十分であるという冷静な観察と理解が必要なわけです。

また、「明らかにする」という言葉と「諦める」では「あきら」が共通していることから分かるように、元々「明らか」という語から派生したことがなんとなく想像できますよね。

そういうわけで、ともかく四諦の諦はここでは真理という意味だと覚えてください。

4つの真理

仏教における4つの真理、四諦は次のとおりです。

苦諦(くたい)…この世は苦そのものであるということ

集諦(じったい)…苦には原因があるということ

滅諦(めったい)…原因を滅すれば苦もまた滅するということ

道諦(どうたい)…苦を滅するための方法のこと

仏教は生き方についての思想が強い教えです。

この四諦も、人生における苦についてどのようなものであるかというのを説明し、それをどうすれば克服できるかというところに焦点が当てられています。

この思想ができたのは紀元前の話ですが、この世は苦そのものだという苦諦は現代でも嘆く人がいるのではないでしょうか。

苦ということに関してはその内容は変わっても、昔も今も共通して存在する、普遍的なテーマなのかもしれません。

これだけだとあっさりしすぎなので中身をもう少し詳しく見ていきます。

苦諦

現代でもよく使う言葉に、「四苦八苦」というのがあります。

これはちょうど仏教の苦の内容からきています。

 

まず、基本的な苦として「生・病・老・死」があります。

このうち、病老死は四門出遊の故事で見た、釈迦が出家を決意するきっかけとなった苦です。

つまり、どんな健康な人でも病気になりうるということ(病)、どんな若者でもいつかは老いるということ(老)、どんな人間でもいつかは死ぬということ(死)が人生における苦であるというのです。

これは簡単に理解できると思います。

近代に入って、医学が発達しかなりの病気が克服されましたが、それでも癌やエイズといった病気で多くの人が苦しんでいますし、今日の社会のシステムは多くの精神病患者を生み出し、新たな病気に苦しむ人も増えています。

現在、不老不死の法は見つかっておらず、どんなお金持ちでもどんなスポーツマンでも絶対老いるし死にます。

では、生に関してはどうでしょう。

生きることは素晴らしいこと的な考え方が一般的じゃないかと思います。

ところが、仏教において生は苦のひとつに数えられているのです。

これは、仏教の諸行無常の精神に基づいており、生きていても必ず死ぬという考え方から来ています。

生きているということも、無常、つまりずっと続くわけではありません。

途中で病気になるかもしれないし、いつかは死にます。

つまりは生きること=絶対にそれらが訪れることだと言えます。

言わば、生きることそのものが苦を内包しているのです。

どんな楽しいこともいずれは終わります。折角休日がきたと思ってもまた月曜日になれば仕事に行かなければならない。

そういう意味で、生もまた苦であり、一切は苦であるのです。

なんか救いのない考え方ですね。

 

以上の生病老死の4つをもって四苦とします。

では後ろの八苦はなにかというと、更に苦といえることがあと4つあるのです。

それが、

 

愛別離苦(あいべつりく)…愛している人と分かれる悲しみのこと

怨憎会苦(おんぞうえく)…憎むべき人と合わなければいけない苦しみ

求不得苦(ぐふとくく)…求めることが得られない苦しみ

五蘊盛苦(ごうんじょうく)…肉体が元々持つ欲求が叶えられなかったりといった、五感への執着で起こる苦しみ

です。

なんとなく今までの人生経験から、「あーあるわ」って思ってくれるかもしれないですね。

この4つをさっきの四苦と足して、八苦。

さっきの四苦と合わせて四苦八苦という言葉ができました。

集諦

苦諦にあるような、いわゆる四苦八苦には、原因があるとしたのがこの集諦です。

原因が分かると人は安心しますからこれは超ありがたいですね。

で、その原因はなにかというと「煩悩」と「執着」です。

煩悩って割とみんなよく使うと思うんですけど、要するに何かが欲しいとかそういう欲望ですね。

今では煩悩を肯定して、それを活力にして頑張ろうっていうのも一つの考え方としていいと思うんですよね。

例えばお金がほしいから働くとか、女の子にモテたいから筋トレするとか。なんかそういう欲がエネルギーになることって多いんですけど、仏教ではそれを否定する姿勢をとります。

結局何かを持つというのは何かを失うということとセットなので、財布も地獄には持っていけないわけですから、むしろそういう所有する苦よりもそれらから解き放たれようというのが仏教の考え方です。

それを取り入れる取り入れないはさておき、欲望というのは案外作り出されたものが多いですから、こういう考え方があると知っているのもいいかもしれません。

滅諦

集諦で苦には原因があるということを述べましたが、原因があるということはその対抗策もあると考えられます。

それがこの滅諦で、要は煩悩や執着を断てば、苦も断たれるという考え方です。

ほしいと思わなければほしいことで悩まなくて済むってことですね。

こう言うと理論的ではありますがなんだか悲観主義的な響きすら感じませんか。

人間の欲望というのは終わりがありませんから、何かを手に入れたら更にもっと上の、あるいはたくさんの何かを手に入れようとします。

そのサイクルをぐるぐる回すのもそれはそれでいいんですけど、終わりがないという意味では虚無的だとも考えられます。

それは丁度、当時の一般的宗教であったバラモン教の輪廻思想にもあてはまることです。

いわば、その終わりのないサイクルからどうやって抜け出すかということが悟りであり、煩悩や執着を断つことなのです。

道諦

ではいよいよ、その煩悩や執着を断つための具体的な内容を示そうというのが道諦です。

ちゃんと具体的な方法まで教えてくれるなんて親切ですよね。

西洋哲学でいうとニーチェなんかは超人になれとかわけわかんないことを言いますが、まあそれはそれで歴とした思想なのですが…

仏教では八正道という8つの方法を説きます。次は八正道について見てみましょう。

八正道とは

八正道は煩悩や執着から離れ、苦を滅するための8つの方法です。

これをやれば仏教的には悟りに近づけるということになります。

仏陀が紀元前のインドを背景に説いた言わば倫理に近いようなものですから、現代の人間がこれを真面目にやる必要はどこにもないのですが、ここから何を読み取るかはあなた次第です。

8つの実践

八正道の8つは以下のとおりです。

正見…正しく真理を知ること

正思惟…正しく考え判断すること。邪な考えから離れること。

正語…嘘をつかず、良い言葉を口にすること。

正業…悪いことはせず、邪な行為をしないこと。正しい行動をとること。

正命…生活全体において正しい行動を心がけること。

正精進…悟りに向かって努力すること。

正念…正しい教えを心にとどめておくこと。

正定…瞑想すること。

これのどこまでが、人間に普遍的に必要なことで、どこまでが時と場合によってしまうのかというのは難しいところです。

大体「正しい」ことってその時の文脈によって変わってくるので、とっても曖昧に感じますよね。

正しい教えというのも、今日のように山ほど仏教が存在する今何が正しいのかもう分からないですし。

ただ、こうすることで悟りへと近づけるとした当時の仏教ですから、ここからまた悟りの性格について窺い知ることができるのも確かです。

あなたもよかったら八正道を守って悟りの道を歩んでみてはいかがでしょうか。

まとめ

ということで、初期仏教の四諦八正道という考え方を見てみました。

ここから我々が何を読み取るかは自由です。

人生の指針としてもいいし、仏教研究の資料として研究してもいいし、アートの素材にしてもいいわけです。

人間の苦しみとそれをどう乗り越えるかというのは結構大きなテーマだと思うので、これを機に少し考える機会になれば幸いです!